2026/02/04 01:09

こんにちは。このところ日本列島を寒波が覆い、日常生活に影響を及ぼされている方もいらっしゃるかと思います、おつかれさまです。


東京はというと乾燥した日が続いています。

そんな中、1/27(火)、埼玉県飯能市・名栗すこやか村「かしわぎ分家」様にて、日本照明学会主催の「昔のあかり生活体験会」に参加しました。


名栗村は2005年に飯能市へ編入合併されましたが、江戸時代から昭和初期にかけて、スギやヒノキの産地として繁栄し、木材加工が盛んな地域でした。

すこやか村オーナーの柏木正之さんのお話によると、名栗村で切り出された材木は、名栗川から入間川、荒川を経由し、筏(いかだ)流しという水運によって新木場まで運ばれていたそうです。

(山から切り出した材木を川の淵に溜め、筏に組んだうえで、一時的に川の水をせき止め、水量が増えたタイミングで一気に流送していたとのこと)

また、山間地における貴重な現金収入源として、炭焼きも広く行われていたそうです。



さて、お昼から始まった体験学習は、寒さはあるものの穏やかなお天気に恵まれ、日が当たる縁側ではポカポカと暖かく、薪割りも大いに盛り上がりました。


しかし、14時30分を過ぎたあたりから陽が山々の稜線に隠れはじめると、一転して風が冷たくなり、あと数時間で暗くなるのだな、と時の流れを肌で感じました。


ふと、

「ああ、暗くなると鬼が出るなぁ……」

と、『鬼滅の刃』を思い出しました。


『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎の家は、雲取山あたりが舞台設定だそうで、この名栗村よりさらに奥地にあたります。

大正時代、名栗村周辺では水力発電によって電気の供給が始まっていたようですが、炭治郎の家のあたりは、技術面やコスト面を考えると、まだ電気は通っていなかったのではないかと想像します。

実際、アニメ第1話でも電気の明かりが登場するシーンはありません。


ちなみに物語は、炭治郎が「正月には家族に腹いっぱい食べさせてやりたい」と願い、自分の家で焼いた木炭を雪の中、麓の村まで売りに行く場面から始まりますね。


「ああ、今わたしは、炭治郎と同じような環境の家にいるのだな」と思いながら、いよいよ火起こしです。


火打ち石で火花を出すのも、慣れていない私にはコツを掴むまでひと苦労でしたが、

ようやく種火を囲炉裏に移し、明かりと暖を得ることができました。

床の冷たさで足先が冷えてきたので、囲炉裏の周りに腰掛け、足を温めます。

なんだか、ほっとします。


夕方には、行灯に火を灯しました(2灯芯に点火)。

光源から一寸先、約3cmの照度は16〜18ルクスほど。

現在、勉強や細かな作業を行う際の推奨照度が300〜750(1,000)ルクスであることを考えると、昔の人はこの明かりで針仕事や読書をしていたのかと、あらためて感心させられます。


ほかにもさまざまな体験学習が行われましたが、詳しくは日本照明学会のFacebookに掲載される予定とのことです。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。


イベントの最後には、参加者みなさんと囲炉裏を囲み、すいとんをいただきました。

(暗くて鍋の中身が写りませんでした、、闇鍋か、、この後、囲炉裏に立てて使う火立ての松灯蓋に松明を置くと

明るくなり鍋の中身が見えました

画像が分かりづらいのですが黄色い線で囲った道具です)


煮干しのきいた出汁に、野菜の旨味がしみ込んだ汁と、もちもちのすいとん。とても美味しく、ごちそうさまでした。


それにしても、昼間の時間が短く寒い冬は、囲炉裏に薪をくべ続け、土間で料理をしながら竃の火も見守り……火の元を管理する人は、一日中大変な作業だったことでしょう。

(『鬼滅の刃』で言えば、お母さんと禰豆子の役割だったのでしょうか……)


帰り道、澄んだ夜空には月と星が静かに輝いていました。


電気の明かりに囲まれた日常生活から、まるでタイムスリップしたような体験でした(炭治郎の家を体験した、という感覚です)。


たった数時間と分かっているからこそ楽しめたのだと思いますが、毎日となると……やはり電気は便利だな、と実感しました。


それでも、火の明かりには、不思議と人の心を落ち着かせ、安心させる力があります。


揺らぐ炎を見つめながら過ごす時間は、忙しい日常の中で忘れがちな、ゆっくりと呼吸する感覚をそっと思い出させてくれます。



朝――

キャンドルの灯りのもとでコーヒーを淹れるのが日課ですが、「昔のあかり生活体験会」で得た体験が重なり、灯りとともに過ごす朝の時間が、これまで以上に豊かに感じられるようになりました。  



日常の中で、"灯りと過ごす時間"を少しだけ取り入れてみるのも、心地よいものですね。